僕の夢 

僕は毎朝、お母さんのお布団の中で目を覚ます。

「今日の、朝ごはんはなんだろう?」

早起きのお母さんがでたあと、布団の中でひとり、わくわくしながら考える。

と、お母さんの「アル君、起きなさい」という声がかすかに聞こえてきた。

眠い体に大きく伸びをしながら、僕は心の中でこう呟く。

「もう少し、お布団の中にいたいな。そろそろ、お母さんにお布団から連れ出されるだろうけど」

トントントン、とリズムを刻む階段。

「お母さんだ」

と、僕が思うと同時に、

「アル君、起きる時間よ」

お母さんは、お布団にもぐり込んでいる僕を探し軽々と抱える。

まだまだ、お布団にいたいけれど、僕はこの瞬間が大好きなんだ。

お母さんの腕の中に抱かれていると、ほのほのする。

僕の家族は、お父さんとお母さん、そして、マキちゃん。

お父さんとは毎朝散歩に行っていたけど、いま、遠くへお仕事に行っている。

でも、お母さんが、いつも僕のそばにいてくれるから、僕は少しだけしか寂しくないんだ。

マキちゃんは、毎朝、僕よりも遅くに起きてくる。

今朝も、お母さんにマキちゃんは怒られて起きてきた。

あわただしく、「アル君、いってきます」と僕の頭を撫でるマキちゃんは、今日もどこかへでかけていった。

僕は、マキちゃんを見送る。

そして、僕の一日が始まる。

お母さんは、部屋から部屋へ渡って、ゴーゴーと音をたてながら、掃除機をかける。

僕は、この音が大嫌いなんだ。

こういう時、僕は窓をトントンとノックして、僕の庭へ逃げる。

昨夜の雨が雫になって葉っぱの上へあとを残す。

太陽が葉っぱの上で、キラキラ輝いている。

アルは、緑に囲まれた庭をゆうゆうと歩く。

清々しい空気を吸い込み、暖かい太陽の光を感じつつ、縁側に干してある座布団に横たわると、

自然とまぶたがとじていく。

「今日は、天気が良くて気持ちがいいね。僕もご一緒していい?」

と、アルの耳元に小さいけれど、優しい声が聞こえた。

声の主へ目を向けると、黒々とした綺麗な大きな羽を優雅に伸ばすカラスが横にいた。

アルはそのカラスの見たことのない美しい羽にうっとりして、

「こんにちは。どうぞ、ゆっくりしていって」

とカラスに向けていった。

カラスは、

「ありがとう。僕の名前はアーサー。君の名前は?」

と聞いてきた。

「僕は、犬のアルだよ」

優しく注ぐ太陽の光を浴びながら、縁側で二人は話をはじめた。

アーサーの話はアルの知らない世界の話ばかりだった。

たとえば、山の頂上でみた夕日。たとえば、海でカモメとみた朝日。

たとえば、高層ビルからみた地上の風景。

たとえば、たとえば……。

アルは、すっかりアーサーの話に夢中になっていた。

そして、アーサーがみた世界を自分も見てみたいな、とアルは思った。

「ほんとに、今日は気持ちがいい日だね。こんな日は、海が見たいな。これから、一緒に行こうか」

と、アーサーは微笑みながら言った。

アルは突然のアーサーの言葉に嬉しくて、ひとつ返事で「うん」と頷いた。

それから、アーサーは、

「アルと海へ行くなら、僕の友達を連れてこなければ。アル、ちょっと待っていてね」

といって、縁側から空へと飛び立っていった。

アルは徐々に小さくなっていくアーサーを眺めながら、海って一体なんだろう?

と思いながら、期待で一杯になっていた。

 *

空に浮かぶ雲がいろんな模様に変わっていく。

「いつになったら、アーサーは来るんだろう?」

時間がたつに連れ、アルの期待一杯の胸はすこしだけ不安になっていた。

もしかしたら、アーサーは僕を海へ連れて行くつもりなんかなかったのかもしれない。

と、不安に負けそうになったアルが地面へ目を向けたとき、遠くから「カァーカァー」という声が聞こえてきた。

どんどん近づく声に、アルの心は空へ向かう。

「アル、少し待たせたね。ごめんよ。山まで友達を呼びにいっていたんだよ」

というアーサーに、アルの不安はふーと消えて、それ以上に嬉しさが心を占めた。

「アーサーありがとう。待っていたよ。僕、海へ行きたいんだ」

アルは大きな声で、アーサーへ感謝を伝えた。

「うん。僕もだよ」

アーサーとアーサーの友達たちは、静かにアルの縁側へ降りてきた。

そして、アーサーたちが山から用意してきた木のツタを、口ばしで上手にアルの体に巻きつけ、

「これで、アルも空を飛べるよ」と言った。

アーサーたちは口ばしでツタをくわえ、大きな羽を上下に揺らすと、アルの体がみるみる空へと向かっていった。

「僕、今、飛んでいる」

驚くその声は、アーサーたちの羽の音にかき消された。

アルはどんどん遠くなる自分の庭を眺め、まだ見ぬ世界が開けていくのを感じた。

「アーサー、僕、こんなに僕の町が小さかったなんてこと知らなかったよ」

とアルは興奮して、アーサーに伝えた。

アーサーは、ふふっ、と笑いながら、

「アル、これから、もっと素敵な景色が広がるよ」

と言った。

凛々しく、空を駆け抜けるアーサーを見ていると、アルは不思議と空の広さも高さも、

これから行く場所への不安もなくなった。アーサーといれば、大丈夫だと、アルの心が言っていた。

空の上は静かで、地上の音は何も聞こえない。

高層ビル群の横を通り抜け、すいすい進むと、空を阻むものはなくなっていた。

自由自在に飛び回れる空間をずんずん進むと、目の前に赤や黄色で包まれた山が見えた。

アルは初めて見た山に驚き、「山って、なんて高いんだろう」と、目を真ん丸くした。

そんなアルをみたアーサーは、アルに「すこし、寄り道してみる?」といい、

アーサーの仲間たちに指示をだして、山で小休憩をすることにした。

山に降りてみると、地面から空に向けて大きな木が立ち並んでいた。

「大きいな木たちだ」とのぞき込むように、地上からアルは上をむいた。

木の葉や枝の合間から少し覗ける空が光を注ぐ。

土と枯葉で覆われた地面はいつもと違う感触をアルへ与える。

なんだか、アルは走り回りたい気分になった。

そのとき、「そろそろ、いくよ、アル。海へ行く前に、日が暮れてしまうよ」と、アーサーが言った。

山にお別れを告げると、アルはまたアーサーたちに支えられ、空へ飛び出した。

空気が徐々に塩っぽい香りになり、湿っぽさが体に纏わりつく感じがした。

慣れない空気にアルが目をしばしばさせていると、

「アル、目の前を見てみなよ、ほら」

と、アーサーが言った。

蒼い広がりをみせた海面はキラキラと輝く。空の双子の片割れは、どこまでいっても果てがないようにアルには思えた。

「これが、海?」

とアルがアーサーに問うと、

「そうだよ。これが海だよ」

と、アーサーは穏やかに応え、

「砂浜へ降りてみよう」と言った。

アルとアーサーたちは心地よい潮風に吹かれながら、海原を駆け抜けた。

「あー、僕は本当に海へ来たんだ。僕が見たかった海。

連れてきてもらうまで、僕はちっとも海を想像することができなかった。

だのに、なぜ、今、僕は懐かしさを感じるんだろう」

人気のない砂浜に、アルの涙が足跡を残し、押し寄せた波が消した。

背後から、アーサーが優しい声でいう。

「アル、君は海を知っていたんだよ。僕たちは何度も海へ来ている。ただ、忘れてしまう」

「なんで、僕は忘れてしまうんだい」

とアルはアーサーへ聞いた。

「それはね、誰でも現実に起こりえないことは、夢にしてしまうからなんだ。

実際に起きたことが、たとえ、どんな風に、どんな時間に、どんな空間で起きたとしても、

自分さえ忘れなければ、それは現実なんだよ」

そういうアーサーの力強い声が、波に溶けていく。

「アル君、そろそろ、おうちへ入りなさい」

お母さんの声がおうちから聞こえてくる。そして、縁側にいた僕をそっと抱き上げた。

あれ、ここは、どこだろう。アーサーは?

僕はアーサーたちと空を飛んで、遠い遠い、海へ行っていたはずだのに、

とアルは思った。

いつもと何にも変わらないけれど、何か違う。

さっきまでの出来事は、僕の夢だったのか? いや、違う。

僕はアーサーたちと海へ行ってきたんだ。

だって、この手には今でも感触がしっかり残っている。

 *

「ただいま~、夕飯は何?」

どうやら、マキちゃんが帰ってきたみたいだ。僕は、玄関まで迎えに行く。

マキちゃんは玄関で僕を抱き上げ、居間へ向かう。

お母さんは、「お帰り。今日は、五目御飯よ」といったあと、ハッと思い出したように、

「縁側に干していたお座布団取り込んでくれる? 忘れていたの」とマキちゃんへ言った。

「はーい」といったマキちゃんは僕をそっと床へ下ろすと、庭の縁側へ出て行った。

食卓で夕食を囲んでいるとき、マキちゃんがふと言った。

「お母さん。今日、雨とか降った? それに、風、強かった?」

「えっ、今日は清々しい天気よ。なんで?」

という、お母さんの言葉にマキちゃんは、

「いや~、縁側に干してあったお座布団に砂がついていて、かすかに海の香りがしたんだよね」

といった。

僕が海へ行ったんだ。と、僕は胸を張って食卓を見上げた。

「アル君、寝るわよ。早く来なさい」

僕はお母さんに駆け寄り、暖かいお布団の中へ潜り込んでいく。

「なんだか、潮風のにおいがするわね」

お母さんが僕の横で呟く。

僕はお母さんに心の中でいう。

「そうだよ。アーサーたちと、海へ行ってきたんだよ。今日はいろいろ見てきたんだ。冒険したからね。いつか、この話をお母さんへするよ。いつか、いつかね…」

そして、僕は今日もお母さんの腕を枕に眠る。

「おやすみ、アル君」

「おやすみなさい、お母さん」

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kuriguri について

池袋と渋谷を拠点に活動する 副都心線を愛するくりぐりが、 日々の情報を毎週月曜から金曜までアレコレ発信!

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